MEDIA思想:結果より過程結果より過程|自己理解で本当に価値があるのは「答え」ではない
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結果より過程|自己理解で本当に価値があるのは「答え」ではない

結果より過程|自己理解で本当に価値があるのは「答え」ではない
my journal 編集部📅 2026-07-1512分で読める監修:公開時に公認心理師の監修を明記予定

自己理解で価値があるのは、診断がくれる「答え(結果)」ではなく、書いて・振り返って・ことばにする「過程」です。ジムの例えとともに、結果主義の罠と過程主義の考え方を解説します。

自己理解で、ほんとうに価値があるのは何でしょうか。診断がくれる「あなたはこういう人です」という答え(結果)ではなく、書いて、振り返って、ことばにする、その過程にこそ価値がある。この記事は、my journal がすべての記事の底流に置いている思想、結果より過程、について書いたものです。ジムの例えを手がかりに、結果主義の罠と、過程を歩むことの意味を考えます。

この記事でわかること

  • 自己理解における「結果」と「過程」の違い
  • 診断の「答え」はなぜ時間が経つと薄れていくのか
  • ジムの例えでわかる、結果より過程が大切な理由
  • 「過程を歩む」とは具体的に何をすることか
  • 診断を否定せず、次の一手につなげる考え方

01「結果」と「過程」― 自己理解には2つの道がある

自分を知りたいとき、私たちの前には2つの道があります。誰かから「答え」をもらう結果の道と、自分で少しずつ見つけていく過程の道です。

「自分を知りたい」。そう思ったとき、いちばん手軽なのは、診断を受けることかもしれません。性格診断、強み診断、価値観診断。いくつかの質問に答えると、「あなたは〇〇型です」「あなたの強みは〇〇です」と、すぐに答えが出てきます。わかりやすいし、当たっている気もする。

これが、結果の道です。誰かが用意した枠のなかから自分を選んで、すぐに「答え」という結果を手に入れます。

もう一本の道は、もっとゆっくりしています。日記を書く、振り返る、自分の感情にことばを与える。そうした営みのなかで、自分の傾向や大切にしていることを、少しずつ自分で見つけていく。すぐに答えは出ませんが、見つけたものは、自分のものとして深く残る。

これが、過程の道です。

結果の道(診断)過程の道(日記・振り返り)
答えの出どころ外(選択肢・アルゴリズム)内(自分の記録・言葉)
かかる時間数分で即答数週間〜数ヶ月でゆっくり
手に入るものわかりやすいラベル自分で見つけた気づき
手触りもらった感覚育てた感覚

my journal が大切にしているのは、後者の道です。それは、結果の道を否定しているからではありません。結果の道には、ひとつ決定的な限界があると私たちは考えるからです。それを、次で見ていきましょう。

02「答え」をくれる診断と、結果主義の罠

診断がくれる「答え」は、じつは自分の外からやってきます。だから、納得はするのに、時間が経つと薄れていくのです。

診断の便利さは、だれにも否定できません。迷いを整理してくれ、共通の言葉をくれ、自己理解の入り口として最適です。私たちは診断を否定しません。

ただ、ひとつだけ、ここで立ち止まってみたいことがあります。診断の「答え」は、どこからやってくるのか、ということです。

「あなたは〇〇型です」。この答えは、あなたが自分で見つけたものではなく、診断という仕組みが、あなたの回答をあてはめて出力したものです。つまり、もとをたどれば、自分の外からやってきた答えです。わかりやすいけれど、自分で自分を見つけた、という手触りとは、どこか違うものになりがちです。

そして、外からもらった答えには、もうひとつの性質があります。それは、時間が経つと薄れていくことです。

「そういえば、そんな診断を受けたな」と、数ヶ月後には思い出せるでしょうか。ラベルは記憶に残っても、「じゃあ、それを踏まえて自分はどう生きるか」まで変わる人は、じつは多くありません。結果(答え)だけを手に入れて、過程を飛ばしたために、自分のなかに根を張らないのです。

これが、結果主義の罠です。「答え」が手に入った気になりながら、自分で自分を知る力は育っていない。日本人の自己肯定感が、国際的に低い水準で長く続いているともいわれます(※1)。結果(できたか/できなかったか)で自分を測る癖が、持続的な自分への信頼を育てにくくしているのかもしれません。

※1 出典:内閣府「国民生活に関する世論調査」、こども家庭庁「子ども・若者の声」に関する調査等。「自分にはよいところがある」という設問への回答の推移を参照しています。

03結果より過程 ― ジムが教えてくれる、本当の価値

ジムが売っているのは筋トレではなく、「理想の体」という未来です。でも、その未来を本当に手に入れるのは、ジムに通う過程そのものです。自己理解も、まったく同じ構造を持っています。

ここで、ジムのことを考えてみましょう。

ジムに入会するとき、私たちは「筋トレがしたい」と思って契約するわけではありません。「健康になりたい」「理想の体を手に入れたい」という、結果に惹かれて足を運びます。ジムは、その結果(未来)を入り口にして、人を呼び込みます。

でも、よく考えてみてください。本当に健康で太りにくいからだをつくるのは、契約書(結果)ではありません。適切な運動を続け、食生活を見直し、栄養への理解を深め、そうした生活習慣を日々積み重ねる、過程のほうです。3日で大きく痩せるのはむずかしい。でも、長い目で見れば、過程を歩んだ人だけが、結果として理想のからだに近づいていく。

つまり、ジムが本当の価値を届けているのは、結果(未来の像)ではなく、結果に至る過程のほうなのです。結果は人を入り口に導くけれど、人を変えるのは過程である、と。

これを、自己理解にあてはめてみましょう。

「自分を知りたい」という結果(願い)が、私たちを入り口に連れてきます。それは診断でも、日記でもかまいません。でも、本当に自分を知る力を育てるのは、「自分はどういう人間か」という答えではなく、書いて、振り返って、ことばにするという過程のほうです。

結果(答え)ではなく、過程(書く・振り返る・ことばにする)に価値がある。

ジムと自己理解は、こうして重ね合わせて考えることができます。

ジム自己理解
理想のからだ(結果)自分を知りたい(結果)
運動・食事・栄養の理解(過程)書く・振り返る・ことばにする(過程)
契約しても通わなければ変わらない答えをもらっても振り返らなければ変わらない
長い目で見て、健康で太りにくいからだに長い目で見て、ぶれにくい自分の軸に

これが、my journal が結果より過程を大切にする、もっともな理由です。結果は人を動かすけれど、人を変えるのは過程。だからこそ私たちは、答えを渡す道具ではなく、過程を支える道具でありたいと考えています。

04では「過程」とは、具体的に何をすることか

過程とは、書く・振り返る・ことばにする、この3つの営みのことです。診断のような即答ではなく、自分で気づきを紡いでいく、日々の小さな歩みです。

「過程が大事」と言われても、それが具体的に何をすることなのかわからなければ、手が出せません。ここからは、過程の正体を3つの営みに分けて見ていきましょう。

営み何をするか何が起きるか
書くその日の出来事や感情を、1行でも残すもやもやが輪郭を持つ
振り返る書いたものを並べて、傾向を読む繰り返すパターンに気づく
ことばにする感覚を、自分の言葉で表してみる抽象が具体になり、自分のものになる

まず書く。これは、その日のできごとや感情を、1行でも残す行為です。「今日の気分:ぼちぼち」だけでも、立派な1日分です。書くことで、頭のなかでもやもやしていたものが、少しずつ輪郭を持ちます。感情を書き出すことが心身の健康と関連することは、心理学の研究でも示唆されています(※2)。

つぎに振り返る。書いたものを、1週間や1ヶ月単位で並べて見る。すると、「あ、これ何度もやってるな」「最近、この言葉ばかり使っているな」と、自分の傾向が浮かび上がります。これが、診断では決して見えてこない、自分だけの気づきです。

そしてことばにする。「なんとなく嫌だった」を、「〇〇と言われて、自分ががんばったことが見てもらえなかったみたいで、悲しかった」へ。感覚を自分の言葉に変えると、抽象だったものが具体になり、はじめて自分のものになります。この「自分の言葉で自分を説明できる」力こそが、過程が最終的に育てるものです。

この3つは、どれかひとつで完璧、というわけではありません。書いて、振り返って、また書く。そのサイクルを回すこと、そのものが過程です。

たとえば、こんな1日の小さな過程があります。朝、「今日もがんばりたいこと」を1行書く。夜、「今日、いちばんホッとした瞬間は何だったかな」と1行振り返る。週末に、その7日分を並べて、「なんとなく、人に褒められたときより、自分から動けたときのほうが元気が出るな」に気づく。これが、書く・振り返る・ことばにする、3つの営みが一度に回った瞬間です。診断はこの気づきを出力できません。自分の記録のなかからしか、見つからないものだからです。

日記を書く意義については、「なぜ日記を書くのか」でさらに詳しく書いています。

※2 出典:Pennebaker & Beall(1986)にはじまる「表現的ライティング(expressive writing)」関連の学術論文。出来事や感情を文章にする行為が心身の健康指標と関連すると報告されています(CiNii・Google Scholar で確認可能)。

05診断を否定しているわけではありません

診断は自己理解の入り口として有用です。私たちが言いたいのは、「診断は悪い」ではなく、「答えで終わらせず、次の一手へ」ということです。

ここまで読んで、「じゃあ診断は受けないほうがいいの?」と思ったかもしれません。答えは、ノーです。

診断には、確かなよさがあります。迷いを整理してくれ、自分を客観視するきっかけをくれ、他者と自分を語る共通の言葉をくれます。自己理解の入り口として、診断は楽しく、有用です。my journal は、診断やそれを受けた人を、決して否定しません。

私たちが言いたいのは、これです。

診断で「あなたは〇〇型」という答えをもらったら、それで自分を知った、と完結させないこと。「〇〇型って言われたけど、ほんとうにそうかな? いつもそう振る舞っているかな?」と、その答えを種にして、自分をもう一段深掘りする。その深掘りこそが、過程です。

診断のよさ診断の限界
迷いを整理する外から来た答えで、根を張りにくい
共通の言葉をくれる時間が経つと薄れやすい
入り口として最適答えで完結させると成長が止まる

診断は「入り口」として最適です。でも、入り口に立ったままでは、その先にある景色を見られません。答えをもらったら、それを手がかりに、自分で歩を進める。その「次の一手」へ回すことが、過程主義の考え方です。

06過程を歩み続けると、自分はどう変わっていくか

過程を歩み続けると、しだいに「自分の言葉で自分を語れる」自分に近づいていきます。それは、誰かのラベルに振り回されない、ぶれにくい自分でもあります。

では、過程を歩み続けると、自分はどう変わっていくのでしょう。

まず、自分の傾向が見えてきます。日記や振り返りを数週間貯めると、何度も現れる感情や行動に気づきます。迷っても人に質問している、準備を丁寧にしている、諦めずにもう一歩踏み出している。そうした繰り返しは、診断の「答え」ではなく、あなたらしい強みの候補です。自分で見つけた強みは、誰かに貼られたラベルより、ずっと長く効きます。

つぎに、判断がぶれにくくなります。「自分は何に心地よさを感じ、何に抵抗するか」が言葉にできていると、迷ったときの判断軸が自分のなかに育ちます。他人の正解に流されず、じぶんらしい選択がしやすくなるのです。

そして何より、自分を大切にする感覚が育ちます。「今日が何を達成したか」ではなく、「今日、どう過ごしたか」を書く場にすると、日記は自分を責める道具から、自分を知る道具に変わります。自信がなくて当然、今のままでいい、後から変えていい。そう自分に許可を出し続ける小さな積み重ねが、持続的な自分への信頼を、じわじわと育てていきます。

過程が育てるのは、診断のような「即答」ではありません。「自分の言葉で、自分を説明できる」という、ゆっくりだけれど確かな力です。それは、一生ものの自分の軸になります。

この違いは、「自分はどんな人?」と聞かれたときの答え方にも現れます。

ラベルで語る自分自分の言葉で語る自分
答え方「〇〇型です」「強みは〇〇です」「私は、〇〇するときにいちばんエネルギーが湧くんです」
根拠診断結果(外)自分の記録と体験(内)
伝わるもの人となり
効きめ状況が変わると通用しないことも状況が変わっても軸として残る

ラベルは便利です。ただ、ラベルだけで自分を語るとき、そこには「なぜそうなのか」が抜け落ちています。過程を歩んだ人は、その「なぜ」を自分の言葉で持っている。だから、場面が変わっても、人に説明でき、自分でも自分を信じられる。これが、結果ではなく過程が最終的に届けてくれるものです。

07まとめ ― 結果より過程を、歩きはじめる

自己理解で価値があるのは、結果(答え)ではなく、過程(書く・振り返る・ことばにする)です。結果は人を動かすけれど、人を変えるのは過程です。

この記事でお伝えしたかったことは、ひとことで言えば、こうです。

  • 自分を知る道には、結果の道(診断)と過程の道(日記・振り返り)がある
  • 診断の「答え」は外から来るもので、時間が経つと薄れやすい
  • 結果は人を入り口に導くが、人を変えるのは過程のほうだ(ジムと同じ)
  • 過程とは、書く・振り返る・ことばにする、3つの営みのこと
  • 診断を否定するのではなく、「答えで終わらせず、次の一手へ」

「自分がわからない」と悩んでいるあなたへ。もしかすると、これまで結果(答え)ばかりを探していたのかもしれません。答えが手に入らないと、自分はわからないまま、と。

でも、過程に目を向けると、見えるものが変わります。今日書いた1行、今週の振り返り、自分の言葉にできた感情。その一つひとつが、すでにあなたが自分を知っている証です。結果を待たずに、過程を認める。その切り替えで、自己理解は、到達するものから、歩むものになります。

まずは今日、がんばったことを1行、書いてみませんか。それが、あなたの過程の、確かな一歩目になります。

08参考文献・出典

  • Pennebaker, J. W., & Beall, S. K. (1986) にはじまる「表現的ライティング(expressive writing)」関連研究 —— 出来事や感情を文章にする行為が心身の健康指標と関連すると報告。出典:学術論文(CiNii・Google Scholar で確認可能)。
  • 内閣府「国民生活に関する世論調査」、こども家庭庁「子ども・若者の声」に関する調査等 —— 自己肯定感(「自分にはよいところがある」設問)の推移。出典:内閣府・こども家庭庁。
  • 日本心理学会・日本臨床心理士会 —— 心理学用語の定義参照先(自己受容・自己効力感等の平易な言い換えの根拠)。出典:各学会公開資料。

本記事で紹介する内容は、一般的な自己理解の考え方であり、医療情報ではありません。心身の不調が続く場合は、医療機関や専門の相談窓口(よりそいホットライン 0120-279-338/こころの健康相談統一ダイヤルなど)をご利用ください。

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よくある疑問
「過程が大事」というのは、結果や目標を目指してはいけないということですか?
いいえ。目標を持つこと自体は否定しません。大切なのは、目標(結果)だけを追うと、出ない日に挫折しやすくなるということ。目標は方向を示すものとして手元に置きつつ、日々の過程そのものを価値として認める、というバランスです。
診断(MBTIや強み診断など)は受けないほうがいいのですか?
受けないほうがいい、ということはありません。診断は自己理解の入り口として楽しく、有用なことも多いです。ただ、出た「答え」で自分を決め終わらせず、それをきっかけに自分を深掘りする過程にこそ本質があります。
「過程」とは、具体的に何をすればいいですか?
「書く・振り返る・ことばにする」の3つの営みです。今日がんばったことを1行書く、1週間を振り返る、もやもやを自分の言葉にしてみる。診断のような即答ではなく、こうした小さな積み重ねが過程です。
結果がすぐに出ないと、モチベーションが続きません。
その感覚は自然なものです。だからこそ、結果ではなく「今日も過程を歩んだ」という事実そのものを、成果として認める設計が有効です。蓄積と振り返りが見えると、モチベーションの代わりに「積み重なり」が続ける力になります。
my journalは、なぜ「診断」ではなく「日記」なのですか?
日記が、自分で自分を見つける「過程」をそのまま担えるからです。診断は答えを渡しますが、日記は書きながら気づきを自分で紡ぐ。my journalが大切にしたいのは、誰かからの答えではなく、自分の言葉で自分を説明できる力です。

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